喜馬病院60周年記念ロゴ

喜馬病院 60周年記念


私たち喜馬病院は、

おかげさまで60周年を迎えました。

60周年を迎える喜馬病院
60周年を迎える喜馬病院
1962年(昭和37年)ごろの外科喜馬病院メインエントランス
2005年(平成17年)ごろの喜馬病院メインエントランス(現・緑風館)
現在の喜馬病院メインエントランス
1962年(昭和37年)ごろの外科喜馬病院外観
2005年(平成17年)ごろの喜馬病院外観(現・緑風館)
現在の喜馬病院外観
1962年(昭和37年)ごろの外科喜馬病院エントランスより
現在の喜馬病院エントランスより
1962年(昭和37年)ごろの外科喜馬病院受付
2005年(平成17年)ごろの喜馬病院受付
現在の喜馬病院受付
1962年(昭和37年)ごろのレントゲン機器
現在の多目的X線機器
現在のCTスキャン機器
1962年(昭和37年)ごろの病室
現在の病室

ご挨拶

 現在の東大阪市(旧河内市)若江岩田に父・喜馬 通が開業して60年が経過致しました。有床診療所から始まり個人病院へと進化し、さらに昭和53年には医療法人となりましたが、創業以来一貫して地域医療に邁進して参りました。
 平成元年には父が叙勲の栄誉を受け、平成2年に私・通博が父の後を継ぎ院長に就任、立て続けに対外的に披露宴を催し、多くの方にご参加頂きました。
 その後、社会情勢は大きく変貌し、同時に社会保障制度も変革して参りました。高度成長時代の終焉と同時に、異常なスピードで少子高齢化社会に突入し、そしてコンピュータ社会になり、あらゆる情報が飛び交い、めまぐるしく変化する社会になっていきました。
 その間医療も大きく変貌し、革新的な医療技術や医薬品が次々と生み出され、医療人は常に新しい知見や情報に習熟していかねばならない時代になりました。私自身も疾病に立ち向かう医療はもちろん、患者さまに寄り添う医療の必要性を感じる様になりました。病気に打ち勝つのではなく、どう病気と付き合っていくのか、どうすれば患者さまが救われるのか、と考えるようになってまいりました。
 また、当院リハビリテーション部顧問、関西医療大学の鈴木教授から要請を受け、5年前より同大学で外科学の教鞭を執っておりますが、人に教えることの難しさを改めて知りました。今の学生には多くの知識を学ぶことが求められていますが、私の講義では、何故そうなるのかというメカニズムともう一つ、何故それを学ぶことが必要なのかを常に説いています。35年間の臨床経験から、知識がどの様に現場で生きるのかを伝えることが私の役目だと思っているからです。そして、仏教の 「生老病死」という言葉の意味を必ず解説します。人は生まれ、老いて、やがて病気になり必ず死ぬのです。私は、死は決して敗北ではなく、いかに死ぬかが大切だと思っています。治らない病気は沢山あります。一つ病気が治っても別の病気になることもあります。私たちはそういう人に寄り添い、自分たちの力を惜しみなく提供し、患者さま、ご家族さまを幸せにすることが出来れば本望です。その気持ちを表したのが私たちの「クレド」です。
 私たちのミッションを果たし、そしてビジョンを達成させることは簡単ではありませんが、困難なことほどやりがいがあり、また、職員が一つになりチャレンジできるのです。この様な組織に私たちを育ててくださったのは、他でもない、この地域の皆さまです。その皆さまに、これからも私たちは全力をあげてご恩に報いていかねばなりません。
 そこで60周年という還暦を迎え、一つの区切りとして記念式典を開催し、記念誌を発刊することに致しました。私たちのグループは、これからも皆さまと共に幸せに暮らしていける地域社会を作っていく手助けをしていきたいと思っています。
 今後皆さまのご期待に応えうるべく、担雪埋井の気持ちを忘れず努力して参りますので、倍旧のご指導ご鞭撻の程お願い申し上げます。

医療法人寿山会
理事長
喜馬病院院長 喜馬 通博

医療法人寿山会グループ 信条(クレド)

私たちは信頼・誠実・尊厳・決意を原則とし、
個人と社会のために最大限努力することを誓います。

私たちの使命(ミッション)

私たちは地域の皆さまのQuality of Lifeを最優先とし、
さらに患者さま、 ご利用者さまとの良好なパートナーシップを構築いたします。
そして、安心して暮らせる地域社会の創造に貢献することを私たちの使命といたします。

私たちの目標(ビジョン)

  1. 私たちは社会から信頼され、支持される「医療・保健・福祉複合体」となります。
  2. 私たちは全職員の成長そして自己実現を積極的に支援する
    医療法人グループとなります。
  3. 私たちはつねに社会情勢にマッチした医療・福祉を創造し続ける
    医療法人グループとなります。

私たちの行動指針

  1. 顧客重視
    私たちはつねに患者さま、ご利用者さまの目線で考え、ステークホルダーの満足が
    私たちの満足であるという気持ちに立って行動いたします。
  2. 法令遵守
    私たちは法を遵守し、社会のルールに則して行動いたします。
  3. 自己改革
    私たちは医療法人寿山会グループ 信条(クレド)を心の規範とし、 使命を果たし、
    目標を達成するために自ら考え、進んで行動いたします。

あゆみ: 60年間を振り返って…

1953年(昭和28年)

6月10日 有床喜馬外科診療所 開院

現在の「喜馬病院」の前身の「喜馬外科」として現在の理事長 喜馬 通博の父 喜馬 通によって東大阪の若江に開院されました。

(2月 NHK日本初のテレビジョン本放送開始 / 7月 朝鮮戦争休戦)

1962年(昭和37年)

2月 喜馬病院 開院

前身であった「喜馬外科」は、現在の所在地と同じ場所に移転するとともに「喜馬病院」として新病院を開院しました。

(4月 後楽園ホールオープン / 7月 戦後初の国産旅客機YS-11完成)

1964年(昭和39年)

10月 救急病院告示

救急病院の告示を受けました。

(1月 カルビー「かっぱえびせん」発売開始 / 10月 東京オリンピック開催)

1978年(昭和53年)

4月 医療法人設立

医療法人寿山会を設立しました。

(1月 「暴れん坊将軍」放送開始 / 8月 日中平和友好条約調印)

1990年(平成2年)

4月 喜馬 通博院長就任

創立35周年に新院長の就任式が行われ、現在の医療法人寿山会の理事長であり喜馬病院の院長である喜馬 通博が新院長として就任をいたしました。

(4月 大阪で国際花と緑の博覧会開幕 / 8月 イラクがクウェートに侵攻湾岸戦争勃発 / 10月 東西ドイツ統一)

1992年(平成4年)

9月 喜馬 通の叙勲を祝う会を開催

喜馬病院の創設者である喜馬 通は、1989年(平成元年)に地域医療に貢献するとともに警察医として38年に及び尽力貢献してきた功績により、勲五等双光旭日章を受章しました。さらに1991年(平成3年)には、警察庁長官賞、消防庁長官賞の両賞も受賞しました。
長きにわたる活躍が認められた叙勲・受賞を記念して、当時の自治大臣であった塩川 正十郎氏を始め東大阪市長、大阪府医師会会長など有志の発起のもと、叙勲祝賀会として「喜馬 通氏の叙勲を祝う会」が当時の都ホテル大阪(現・シェラトン都ホテル大阪)にて開かれました。

(11月 谷村新司(アリス)と加山雄三の制作により「サライ」がシングルリリースされる / 12月 クイズ番組「クイズダービー」が放送終了)

1997年(平成9年)

4月 保育所「めばえ」開設

お子さまをもつ職員が安心して働けるよう、保育所「めばえ」を開設しました。

10月 訪問看護ステーション「翔(はばたき)」開設



(3月 大阪ドーム球場完成 / 7月 イギリスから香港が中国に返還 / 11月 日本サッカー代表がワールドカップ初出場決める)

1999年(平成11年)

1月 介護老人保健施設「ヴァンベール」開設

病院北側に隣接して介護老人保健施設「ヴァンベール」を開設しました。

8月 居宅介護支援事業所「ヴァンベールケアプランセンター」開設



(2月 臓器の移植に関する法律に基づき初の脳死臓器移植が実施される / 8月 「水戸黄門」が放送30周年)

2002年(平成14年)

1月 ヘルパーステーション「輝(かがやき)」開設

3月 グループホーム「ヴァンベール」開設



(1月 欧州単一通貨「ユーロ」流通開始 / 8月 住民基本台帳ネットワーク開始 / 10月 日本人拉致被害者5人が北朝鮮から24年ぶりに帰国)

2003年(平成15年)

1月 寿山会ホームケアクリニック 開設



(4月 日本郵政公社発足 / 10月 東海道新幹線の東京駅~新横浜駅間に品川駅が開業)

2005年(平成17年)

3月 喜馬病院菱屋東館竣工、旧喜馬病院解体工事開始

老朽化した病院の建て替えのため、菱谷東館を建築、移転。新病院完成までの間、この菱谷東館で診療を行いました。

(2月 京都議定書発効 / 3月 日本国際博覧会(愛知万博)「愛・地球博」が開幕)

2006年(平成18年)

7月 喜馬病院新築開院

新病院(現在の病院)が完成し、開院しました。病床数も83病床から123病床へと増床しました。

7月 リハビリテーションセンター 開設

回復期リハビリ病棟の設置に伴い、より充実したリハビリテーションサービスを提供するため、リハビリテーションセンターを開設しました。

11月 介護付き有料老人ホーム 緑風館 開設

新病院に移転後、菱谷東館が介護付有料老人ホーム緑風館として生まれ変わりました。

12月 健康スタジオ キラリ/Kirari鍼灸・マッサージ院 開設



(3月 近鉄けいはんな線が開業 / 9月 タイでアジア最大規模のスワンナプーム国際空港が開港)

2007年(平成19年)

4月 内視鏡外科センター 開設

10月 病院機能評価認定

病院を外部から評価してもらうため、病院機能評価を受審し、認定を受けました。

(6月 石見銀山遺跡とその文化的景観が世界遺産(文化遺産)登録 / 10月 郵政民営化)

2008年(平成20年)

6月 喜馬 通博 理事長就任

病院の院長であった喜馬通博が理事長に就任し、名実ともに寿山会グループ全体の責任者になりました。

(7月 大阪・道頓堀のくいだおれが閉店 / 10月 緊急地震速報が運用開始されNHKが提供開始)

2011年(平成23年)

3月 認知症対応型共同生活グループホーム「緑の風」開設

3月 認知症対応型共同生活グループホーム「ヴァンベール」移転

3月 ウェルネス教育研修センター 開設

3月 RTT LAB 開設

グループホームの老朽化のため、新たに複合の建物を建築し既設のグループホーム「ヴァンベール」を移転、新たに「緑の風」も開設しました。またこの建物の一階には、「ウェルネス教育研修センター」「RTT LAB」もオープンしました。

11月 電子カルテ導入



(3月 東日本大震災発生 / 7月 FIFA女子ワールドカップドイツ大会で日本女子代表が初優勝)

2012年(平成24年)

3月 法人本部 移転

3月 在宅医療介護センター 移転

6月 寿山会ホームケアデンタルクリニック 開設



(5月 東京スカイツリー開業 / 10月 山中伸弥教授がiPS細胞の作製でノーベル医学・生理学賞受賞)

2013年(平成25年)

3月 病院機能評価認定(Ver.6.0)


4月 サービス付き高齢者向け住宅「リハヴィレッジ若江岩田」開設

4月 リハビリ特化型デイサービス「リファイン」開設

4月 ケアプランセンター「エール」開設

4月 訪問介護ステーション「ほほえみ」開設

4月 スピカ鍼灸・マッサージ院 開設

4月 リラクゼーションスペース「プルメリア」開設

病院の西にサービス付き高齢者向け住宅「リハヴィレッジ若江岩田」を新築オープンしました。住居部分は二階から四階で、一階部分にはリハビリ特化型デイサービス「リファイン」やスピカ鍼灸・マッサージ院、ケアプランセンター「エール」などが開設されました。

6月 創立60周年

喜馬外科開院から数えて60年目を迎えました。

10月5日 創立60周年記念講演

医療法人寿山会 法人リハビリテーション部顧問の鈴木 俊明先生と作家でもありタレントでもある遥 洋子さんをお招きして、若江岩田のイコーラムにて記念講演会を開催いたしました

10月6日 創立60周年記念祝賀会

大阪上本町のシェラトン都ホテル大阪において、喜馬病院、創立60周年の記念祝賀会が開催されました。
多数の来賓の方にもお越しいただき、盛大に開催することができました。

グラフ: 数字で見る寿山会

外来患者数

病床稼働率(病棟別)

ホームケアクリニック患者数

老健稼働率(入所、通所)

医療法人寿山会職員数

株式会社三輪職員数